私とは何かは哲学永遠不変のテーマだが、日本人の二人の哲学者がこの命題を全く違った形で示している。中島義道氏と永井均氏は共に私がある時期出会った哲学者である。出会うとは僭越だが、出会いは師弟という形式的レヴェルを遥かに超え得る。何故他にも大勢哲学者はいるのに、この二人に私が啓発されたか?それをこのブログで究明しつつ来場者と共に私や私であること、私の感性について考えたい。このブログは二人の哲学者に共鳴する全ての人たちによる創造の場である。

Monday, January 18, 2010

第一章 道徳とは何か、どのように位置づけたらよいのか⑨

 今回は永井均による論文「なぜ悪いことをしてはいけないのか」中 3なぜ悪いことをしても<よい>のか から考えていきたい。
 この論文は短いものだ(18ページ)が、永井哲学の全てのエッセンスが込められており、主観論的にも客観論的にも永井を論じる上で格好の素材である。そして内容的にも傑作なのである。
 まず永井はサルトルによる言葉 人間は自由の刑に処せられている を冒頭に上げ何故哲学者であるサルトルがこんな当たり前のことを言い出すのだという疑問を若い時に持ったことを述懐する記述の後にこんなことを書いている。

 サルトルの真意はともかく、人間が何をしても「よい」ことは、ある意味では、確かに自明ではなかろうか。たとえどんなに道徳的に悪い、普通の意味でしては「いけない」ことでも、処刑されるかもしれないことでも、白い目で見られるかもしれないことも、後ろ指を指されるかもしれないことも地獄に落ちるかもしれないことも、良心の呵責を感じるかもしれないことも、何もかも覚悟のうえでそれを選んだのなら、その人はそれをする「自由」がある。あらざるをえない。まったくあたりまえではないか。そういう最後の自由を、だれか他人が否定することなど、できるわけがない。
 これは端的な事実であり、世の中はこの端的な事実を最後には承認することによって成り立っているだと、私は思い込んでいた。世の中で普通に生きていくうえでの約束事にすぎない道徳なんぞによって、この種の崇高な人間の自由が制限されるわけがない。私は疑う余地なく、そう信じて、というよりそう感じていた。(44ページより)

 永井はこれに続いて自分のような考えの人間に対して本気で怒る人がいることを最近知ったということを書いて次のように述べている。

(前略)私のような部類に属する者の方も、道徳なんぞというものをそんな風にありがたがってしまう人がいようとは、思いもよらないことであったから、そういう人に向かって自分の感覚の因って来たる由縁を説明することなど思いもよらなかった。
 こういう相互的な理解不可能状況に対して、両者の感覚の違いの因って来たる由縁を説明できそうな論理を、私が考え出すことができたのは、じつを言えばけっこう最近のことである。(45ページより)

 そこで永井は はじめに と題された件の文章の後で初めて表題がついた 2 道徳的に「してはいけない」ことがある!? で「道徳的に「してはいけない」ことがある、と感じる人は、こう言いたいにちがいない。多くの人が私のように考えて、好き勝手に行動したら、世の中は滅茶苦茶になってしまうではないか。」と始めて、「どんなに自由に勝手気ままに生きたいと思っている人だって、他人の勝手な行動によって殺されたりひどい目にあったりすることは望まないのが普通だ。だから世の中に、この理屈が分からない人なんかいるはずがない。では、若いころ、私がこの単純明快な理屈を思いつくことさえできなかったのはなぜだろう?」と言い、ここから永井は本格的に自らの考えはなぜ世間一般と違うのかということを問いだすのである。
 大きく分けて二つの理由があるとして、彼は「一つは、多くの道徳的な人が道徳というものの本質の存在意義をひた隠していたこと、あるいは自分でも認識していなかったこと」とし、「神秘のヴェールをはがしてみれば、道徳は全体としての個々人の利己的欲求をよりよく満たすためには、ただそのためにのみ存在しているし、また、そうあるべきものだ」と述べる。そして「ごまかしと無知と無思考が懐疑と不審と反発をひきおこしていた。だが、なぜそうであったのか」と新たに問題提起を迫る。そして「もう一つは、もう少し高度な理由である」としながら、「だが、たぶん、それは存在論的な態度の違いに起因するものだ。私は自由である主体として、もっぱら自分自身のことを考えていた。私が最終的に何をしてもよいことは疑う余地がない。私が何をしようと、決めるのは私だから、私がそれによって害を受けることはないだろう。私は自分の利益になるようなことだけをするだろうから、私が勝手気ままなことをすることによって私が困ることはありえない。
 私はそう考えたい。私は私の自由によって他の人が被害を受けるということに、何のリアリティも感じなかったし、逆に、私のその同じ考えがだれか他の人に適用されたら、その人の自由によって私自身が被害を受けることになるという事実にさえ、まったく感度をもたなかった」とし、それは何故かと再び問いかける。
 その問いかけから 3 道徳の系譜学的考察 (47ページより)へと永井はシフトする。「人間は生き残っていくためには、たがいに協力関係を築かなければならない。みんなが一緒にやっていくためには、いろいろな取り決めを行ない、守るようにすることが必要だろう。それはいかにして可能なのか」と再び問いかけ、「ここで役に立つ能力は」「長い目で見た自分の利益や幸福を考慮できるという人間の能力である」とする。「守るようにする力が、すべてのメンバーにとって有利だからで」あり「なぜこの取り決めを破ってはならないのか、と問われれば」「取り決めだから、というものだ。自分がした取り決めではなく先祖代々伝わってきた取り決めなら、それに対する不満ということも考えられる」し「そう取り決めた方が自分にとっても有利だと判断してあえてそう取り決めたのだから、これを破らないのはあたりまえではないか。」「この取り決めに従うことが自分にとって損になることが判明したときには、即座にこの取り決めに反する行為を行うのが当然なのではあるまいか。」このことの理由を永井は「みんながその取り決めに従った方が、そうではない場合よりも、十人全員(永井によって3の冒頭で十人の人間がいると仮定されている)の長期的自己利益にかなうだろうからである」が「では、なぜその取り決めに従うべきか」と再び問いかける。ここで再びトートロジーとなり、「その取り決めた理由は、それが自分の長適的自己利益にかなうと思われたから」であるとし、「取り決めに従うことが自分の長期的自己利益に反すると確信したときには、即座にこの取り決めを無視するのが当然なのでは」と功利主義的考えを示し、「そうしてはいけないという取り決めがどこかでなされている」可能性について触れ、それに従うべき理由を問う。
 
 道徳の外部にそれを支える道徳はない。この取り決めは、成立の以前にまでさかのぼって考えれば、そういう場合、破られるのが当然なのである。だが、十人がみんなそう考えていたとしたら、取り決めなどというものは、およそ存在する意味がないではないか。それに従うことが自分にとって不利なときにはいつでも破ってよい取り決めなんて、およそ役に立たないことは火を見るよりも明らかだろう。
 ここで二つの方策が考えられる。一つは、人々が取り決めを守っているかを監視し、違反者を罰する権力機構を作ることである。だが、全面的に監視することは不可能で、コストもかかる。その欠点を補うための、もう一つの方策が考えられ、これもまた不可欠である。それはすなわち、道徳空間を内側から閉ざす道徳イデオロギーを成立させて、十人全員に取り決めをした最初の動機を忘れさせるという方策である。この忘却によって、取り決めを行った動機によってではなく、取り決められた内容によって、内から閉ざされた内閉的空間ができあがる。内閉を強化する専門的イデオローグが必要とされ、取り決めは「定言命法」となって、狭い意味で道徳と呼ばれるものがはじめて成立することとなる。(49ページより)

 この前文こそ永井哲学の骨子となる考えの一つである。この考えの前半部分である懲罰制度の必要性は、ダニエル・デネットによっても「自由は進化する」(2003)などで既に示されている(他の著作でも恐らくデネットは言っているだろうが、デネットのこのテクスト自体は永井等によるこのテクスト(2000)より後である)。しかし一番重要なのは、永井哲学によるこの忘却必要論である。この考えは「翔太と猫」(1995)にも「倫理とは何か」(2003)にも反復して登場する考え方である(この部分は次章で詳述する)。
 永井はここでも再び功利主義的反証において「それを守らなくても安全で円滑な道路交通を実現できるときや、安全で円滑な道路交通を実現したくないときには、本来守る必要はない」とし、「しかし、だれもがそんなふうに考えて個別状況ごとに判断していたら、安全で円滑な道路交通など望むべくもない」とし、「人々はその設定の趣旨を忘れて交通信号に従うのでなければならない。設立の趣旨を忘れることが設立を実現するのだ」とし、信号を守ることを絶対的命令とする円滑な機能について触れている。続いて永井は「この忘却は、もちろんだれかの損にもならない」とし、交通信号がよく守られている社会においては「必要に応じて利用されるだけの社会」よりも交通事故死者数が少ないことを述べ、「この取り決めは、それが有効であるためには、少なくとも大多数の人によって、盲目的に従われる必要がある」とする。
 永井は更に十人の取り決めに関して次のように述べる。

(前略)道徳的な態度や思考や感情を内面化し、それを疑うことを知らない人々からなる社会の方が、そうではない社会よりは生き残りがちであり、おそらくは成員の多くにとって快適であろう。だれもが取り決めをした動機を忘却し、取り決められたその内容そのものの中に自らを内閉させることによって、その動機の観点から見てよりよい結果が実現されることになる。つまり道徳的な人とは道徳の存在理由を知らない人のことなのである。(中略)つまり道徳だけが唯一の武器である者は、取り決められた道徳の内容を祭り上げ、崇拝せざるをえない。道徳の根底には、目をこらせば見えてしまうものを見てはいけないとして遮断する隠蔽工作があるから、過度に道徳に依存せざるをえない境遇にある人の人格は、遮断的なものになりがちである。その事実を指摘できる人は、社会にとっても不要とはいえない。道徳についての、それ自体は道徳的でない真理を知っている人_つまり道徳の系譜学者は_道徳的社会にとってときには必要な存在なのである。
 道徳についての道徳的ではない真理を語る仕事が、社会にとってなぜ必要なのだろうか。道徳は、自分たちが今なぜこのように感じ、このような考え方をするのかが隠蔽され忘却されていなければ有効に機能しないが、この忘却によって維持された社会にとってさえ、ときには危険だからである。道徳をそれ自体として内閉的に信じ込んでいる人は、外的状況の変化によって当初に取り決められた内容が不適切になっていても、それに気づくことができない。善人は真実を知らない、というニーチェの命題は、ここでは構造的な必然なのである。
 通俗的な小説やドラマなどでは、これまでとは異なる異常な状況下でもそれまで教え込まれてきた道徳に献身し続ける者の姿を賛美し続ける。もちろんそれは、内閉空間を内側から強化する専門イデオローグの一翼を担う仕事であり、その社会の存立のために不可欠のものではある。だが、他方では、人々がその道徳を信じていることの本当の理由を知っており、道徳はつねに手段にすぎないこと_もしなくてすむのであればそれに越したことのない必要悪にすぎないこと_を状況に応じて説明的に提示できる系譜学的知性が、社会にとって必要なのである。(50~52ページより)

 この後永井はヒューム、ミル、ニーチェ等をそれらの一例である、つまり道徳系譜学者である旨を述べ、道徳の外部に立ち、人々がその内部で信じ込んでいる道徳の存在理由を知っている者として規定している。しかし同時に彼は「だれも道徳の全体像を眺めることができるほどには道徳から遠くの地点に立つことができないから、だれが本当の系譜学者であるかを決定することができない」としており、今挙げた三人の哲学者が特権的に道徳のレゾン・デ・トルを熟知しているという言説からの批判を想定しかわしている。
 確かに現代社会でも中島が「差別感情の哲学」で述べたような上位集団と下位集団というものは存在しよう(この論文について次回詳述することとする)。しかし少なくとも言説的な真理の如何を判断することはネット社会等によって徐々に我々にとっては個による判断を必然的に求められ、自己決裁的な意志判断がしやすくなってきている。勿論行動面において権力保持者とそうではない人との間には依然格差がある。それでも尚信条形成的な面において昔に較べれば永井が述べているようなマインドコントロールはし難くなってきている。それはネット社会自体がそういう事態を招聘したとも言えるし、その逆でそのような社会の要請がネット文化を我々に齎したとも言える。
 その意味では永井のこの部分の論述は、古典的な倫理学規範に則った考えを述べていると受け取ることも可能だろう。つまりヒューム、ミル、ニーチェといった哲学的エリートたちによるマインドコントロール的現実に対する批判的眼差しは今や格段に一流大学出身者とか一流企業経営者といったエリートたちによって独占されている、とは言い難い(昨今の与党政治家に対する検察の介入という事態自体への冷静な分析において政治家本人にも過失責任を認めつつも、検察判断に介在する思惑に対して疑念を抱く判断余地は多くの一般民間人の間でもエリート間のみならず可能である)。その事と社会的権力行使の実践力保持者ということとは勿論別箇であるが、少なくとも自己信条的内心の判断という意味では私たちの社会は既に権力保持者外的一般民間人の方に発言権や世論支持基盤が委譲されている、と見ても誤りではないだろう。
 少なくとも永井はこのやや古典的道徳理論によって「この真理の観点に立つことによって、私は、人間が道徳的に悪いことをしてはいけないとされている理由が、よく理解できるようになった。道徳を金科玉条のごとくに信じ込んでいる人が多い理由と、私自身がそう感じない理由も、分かるようになってきた」と述べ、哲学者としての意識の醸成過程について告白している。続いて永井は「このことはよいことだと思う」として

 よく生きるためには、道徳規範の成立基盤までさかのぼった無道徳性_むしろ道徳外性を保持することは必要なことだと私は思う。そのことによって、あらゆる種類の道徳的要請を究極的な力をもったものとみなす幻想から逃れることができる、と同時に、それに必要性も理解できるからだ。
 しかし、多くの人が私のような人である社会は、社会全体からみれば、多くの人が道徳を内閉的に信じている人である社会よりも、よくない社会かもしれない。その可能性はあるだろう。このような場面では、だから問題は道徳の内部にいることと外部からその真実を知ることとのバランスの取り方にあるのだ、と考えられやすい。だがそうではない。すくなくともそれとはまったく違う。より困難な問題がここからはじまるのである。(52~53ページより)

 この後永井は 4 系譜学的考察を超えて においてより詳細に道徳論を展開していく。しかしこの先は 第二章 永井哲学の社会契約的存在者とヘーゲルとハイデッガー において詳述していくこととするので、本章今回の論議内容をよく覚えておいて頂きたい。
 ちょっとだけ先取りしておくと、4において永井はより道徳的判断の価値論的領域へと踏み込んで考察しているということだ。実は哲学とはここからが本領なのである。それは次の部分に端的に示されている。

 「自分さえよければいい」という考えは最も悪い、不道徳な考えだ、と繰り返し言われてきた。そして、そういう考えはだれにとっても_どの自分にとっても_よくない結果を生む、と説得されつづけてきた。社会を構成する諸個人を等し並みに自分一般とみなす世界像を拒否してしまえば、この主張には説得力がない。(57ページより)

 この文章中「社会を構成する諸個人を等し並みに自分一般とみなす世界像を拒否してしまえば、この主張には説得力がない」が最大の主張となっていることは言うまでもない。つまりこの考えこそ永井哲学の骨子(特に<私>を軸とする考え)となるものなのである。尤も前回において既に幾つかのこの論文の骨子となる部分は引用しておいた。従ってそれと今回のものを綜合して考えれば粗方永井哲学のエッセンスは理解出来る。しかし再び次章において永井の制度論的な倫理学について考察する段にこの論文の結論部を流用することにする。その中の幾つかでは明かに永井哲学の宗教的、しかも神学的部分を垣間見ることとなるだろう。
 次回は中島の近作である「差別感情の哲学」と小説「ウィーン家族」を軸とした中島哲学の動機論について肯定的評価を認めるべき点と批判的論証を交えて考え、本章の取り敢えずの結論を導き出していこうと思う。そしてそのことが本ブログ本論の本章と同一タイトルである最終的結論へと重要な橋渡しとなっていくであろう。

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