私とは何かは哲学永遠不変のテーマだが、日本人の二人の哲学者がこの命題を全く違った形で示している。中島義道氏と永井均氏は共に私がある時期出会った哲学者である。出会うとは僭越だが、出会いは師弟という形式的レヴェルを遥かに超え得る。何故他にも大勢哲学者はいるのに、この二人に私が啓発されたか?それをこのブログで究明しつつ来場者と共に私や私であること、私の感性について考えたい。このブログは二人の哲学者に共鳴する全ての人たちによる創造の場である。

Friday, December 18, 2009

第一章 道徳とは何か、どのように位置づけたらよいのか③

 永井の「倫理とは何か<今後副題を省略してそう呼ぶ>」における倫理学者としてのその顕著な性格については次章で詳しく扱うこととする。

 そのことと関係があるかどうかはともかく、中島は「人生、しょせん気晴らし」において<「社会批判」という気晴らし>中の 若者にきれいごとを語るなかれ というエッセイを収めている。このエッセイは永井に対して中島が最も異なった資質の哲学者であることを示している。少し長いが、多少中略を挟んで出来る限り要点を全て記載しておこう。

 いつでも不思議でたまらないのだが、世の大人たちに「大人」の要件を問うと、決まって「責任感」とか「自立」とか「社会性」とか「感情のコントロール」とか・・・・・「善いこと」ばかり並べる。自分がそんなに立派ではないことを知りながら、問われるとつい理想的な大人を、つまり「きれいごと」を語ってしまうのである。もちろん、現実の子供もちっとも立派ではないが、「子供VS.大人」という図式を前にすると、つい「子供」にはマイナスの符号を、そして「大人」にはプラスの符号をつけてしまうのだ。自分が責任感と社会性を具え自立し感情をコントロールできる立派な大人になりえていないことぐらいすぎにわかるであろうに、自分が実現できなかったことを次世代に押しつけるのは酷というものだ。人間は悪を食らって成熟するほかないという、ルソーからカントを経てニーチェまでえんえんと主張されてきた絶対原則を、現代日本の「文化人」たちはすっかり忘れてしまったのであろうか?
 こうした観点から、本稿では嘘はいわないことにし、大人の要件として「悪への自由」と「理不尽に立ち向かう能力」の二つを挙げて、ついわれわれが陥ってしまう「大人立派論」からの脱却を図りたい。
 Xが責任能力の主体として認められるとは、Xがいわゆる倫理的な者、すなわち規範意識を有し善悪の判断ができる者であると認められることである。しかし、_断じてここを間違ってはならないが_このことは、Xがいわゆる「善いこと」をする者と認められることではない。むしろ、逆なのだ。責任能力のある者とは、ある行為が「悪い」ということを知りつつそれをすることが「できる」者なのである。もしXが四六時中「善いこと」しかできないような存在者であるとしたら、彼は責任主体ではないであろう。彼は放っておいても、いわば自動的に善いことをしてしまうのであり、自動的に悪いことを避けてしまうのだから、彼に責任を「問う」場面が永遠に開かれることはない。われわれが責任主体としての大人として、こういう存在者を想定しているわけではないことは明らかである。責任主体とは、悪いことが「できる」のでなければならない。しかも観念的に「できる」だけではなく、現に「できる」のでなければならない。われわれは金輪際「できない」ことに対して責任を問うことはないのである。
 そして子供は責任主体ではないのだから(あるいはそれが大幅に制限されるのだから)、いくら世の中に善悪を撒き散らしても、(少なくとも大人ほど)悪いことが「できない」とみされる。これは誤解している人が多いが_子供が純心であるからではなくて、子供を保護するという名目で近代(西欧型)社会がこしらえ上げたフィクションにすぎない。Xを大人として認めるとは、彼をこのフィクションから解放してやることである。つまり、彼のうちにうごめく悪への自由という「自然=本性(nature)を認めてやること、彼を「本当のこと」を知らせていい強者(大人)として認可することである。
 次に大人の要件として挙げたいのは、現実の社会における凄まじいほどの理不尽に立ち向かう能力である。自分を棚に上げて「この社会は穢れている!間違っている!」と叫んで周りの者を弾劾し続ける少年、「人生不可解!」と叫んで華厳の滝から飛び降りる青年は掛け値なしの子供である。大人とは、他人を責め社会を責めて万事収まるわけではないことがよくわかっている者、人生とはある人は理不尽に報われある人は理不尽に報われない修羅場であること、このことをひりひりするほど知っている者である。(いわゆる)正しい人が正しいゆえに排斥されることがあり、(いわゆる)悪い奴がのほほんとした顔でのさばっていることもあり、罪もない子供が殺されることもあり、血の出るような努力が報われないこともあり、鼻歌まじりで仕上げた仕事が賞賛されることもある。いや、そもそも人生の開始から、個々人に与えられている精神的肉体的能力は残酷なほどの「格差」があり、しかもこれほどの理不尽にもかかわらず、_なぜか_「フェア」に戦わねばならない。こうした修羅場に投げ込まれて「成功している奴はみなずるいのさ」とか「世の中うまく立ち回らねば」という安直な「解決=慰め」にすがるのではなく」、この現実をしっかり直視する勇気を持つ者、それが社会的に成熟した大人であるように思う。
(中略)
 子供は自分が他人に理解する努力をしないで、他人が自分を理解してくれないと駄々をこねる。他人の悪口をさんざん言いながら、自分がちょっとでも悪口を言われると眼の色を変える。濡れ衣を着せられると、もう生きていけないほどのパニックに陥る。いじめられるとすぐに自殺する。だが、大人は、他人を理解する努力を惜しまず、他人から理解されないことに耐える。悪口を言われたら、その原因を冷静に追究する。いじめに遭ったら、あらゆる手段でそれから抜け出すように努力する。このすべては、_誤解しては困るが_「善いこと」あるいは「立派なこと」をする能力ではなく、この世で生きるための基礎体力なのだ。私はわが列島の津々浦々に響き渡る「思いやり」や「優しさ」の掛け声に反吐の出る思いであるが、こうした体力に基づいてこそ、他人に対する本当の「思いやり」や「優しさ」が湧き出すように思う。
 だから、われわれ(少なくとも凡人)は理不尽さに引き回されなければ、この意味での生きる力を養うことはできない。理不尽を避け理不尽から逃げても、自分を騙し続け他人を責め続ける貧寒な人生が待っているだけである。人生の理不尽を変えられないのなら、いっそその渦の中心めがけて身を投げ出し、その微妙な襞に至るまで味わい尽くすくらいの気概があってもいいのではないか。それが正真正銘の大人というものである。(文藝春秋刊、54~58ページより)

 端的にここで中島は前半では哲学の基本を語りながら実は、後半では専門の哲学者としてよりもより思想家的立場でものを言っているように少なくとも私には思える。そして①において示した「悪について」の記述とその主張内容が重なっている。しかし永井ならもっと違う形で現代社会のモラルを語るように私には思える。そしてそのことを最も如実に語っているのが「人をなぜ殺してはいけないのか」と「<子ども>のための哲学」における記述であるが、それは十二章から結論までの本ブログ最大の箇所まで取っておきたいのである。つまりその部分こそ永井に固有の形而上学者としての本質であると思われるからである。勿論その段になって中島という哲学者の本質についても結論を出しておこうと思う。
 しかし簡単に今結論を述べておくと中島にはモラル論的に我々がどこかで持っている他者への善良さを信頼することを失ってはいない、つまり権利問題を提起することで他者信頼を醸成するスタンスであり、その前提で全ての哲学的エッセイを書いているということだ(これを本論では理性論的コミュニケーション信仰と呼ぼう)。それに対し、永井においてはそういうニュアンスは完全に払拭されている(これを本論では経験論的コミュニケーション懐疑論と呼ぼう。)、ということである。それは子どもの持つ残酷な問いを失わないでいるということに他ならない。
 
 しかし今何故この二人がこのような違いを生んでいるかということを考える上で重要な指針となる捉え方が幾つかあるので挙げておきたい。その一つは中島と永井の時間論に対する考え方である。
 時間論と言っても実はこの二人がカントやマクタガートなどを援用して延々と論じているそれではない。それら全ての論述を支えている論理命題のことである。
 結論から先に言えば、中島は言語習得という生物学的事実に対して一切関心を抱いていない。つまり意識の発生論に対して中島は一切の関心を持たない。これはまず重要なる事実である。また中島が「観念的生活」においてフッサール現象学に端を発する<受動的綜合>に関心を抱いていないことは彼自身によって明示されている。その意味では中島は完全なる反現象学者である(それは「時間を哲学する」におけるフッサール批判からも明示されている)。それ以外にも「人生、しょせん気晴らし」などで中島は現象学者を持って回った言い方しか出来ないと揶揄している。しかしだからこそ彼は世界も身体も全て言語が作っているというスタンスを取れるのである。
 率直に言って中島は言語習得を一定程度完全になし終えてから存在者の時間がスタートする、と考えているのである。それは子供には時間意識がないとする「時間を哲学する」や「時間と自由」、「人生、しょせん気晴らし」に記載されている時間論を読んでも明らかであるし、先に挙げた文中の子供が責任主体から逃れるという考え方でもよく示されている(それは中島が法学部を卒業しているということとも関係があるように思われるが、そのことは別の章で追々触れていく)。そして言語が全ての認識を作っていると考えている。その事実こそが中島に、先の引用文でも使われていたように、科学を科学的言語による(彼によると、固有の今を排除して作った)壮大なるフィクションと呼ぶことを可能としているのである。(意識前提論者としての性格)
 しかしそれに対して永井は全く正反対であり、彼は端的に全ての問題をこの言語習得という人類にとっての大仕事にのみ収斂させている。従って永井にとって時間とは既に我々が胎児であった時期にまで遡ることが出来る。勿論そのことがその時点で既に我々が私を獲得していると彼が思っているわけでは勿論ない。しかし少なくとも彼は意識の時間というものを明確にある時点から始まったとは考えていないのである。それは彼の「<私>のメタフィジックス」における生死の認識によっても明確に示されている(別の章において詳述する)。つまりその点において論理命題的には永井はウィトゲンシュタイン(特に言語ゲームと私的言語)にも類似するが、寧ろ彼の考え方は言語に対する在り方に関する限り現象学に近いのである。そしてそれはピアジェにも類似する。
 例えば彼は<私>というものを身体や世界とは別箇に提出する。しかしその考えとは基本として端的に彼は言語が世界や身体を作っているなどとは露ほども考えてはいないから可能なのである(意識懐疑論者としての性格)(永井は言語以前的に知覚が可能であると考えている。つまりカテゴリー思考が言語習得以前的に可能であるというのが彼の考え方であるのに対し、中島は基本的に知覚が言語秩序了解の下で初めて可能である、と考えている)。(つづく)

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